「蓮二おまえにも予測できないことはあるだろう?」
【a fatalist】
人の行動の大半はデータによって予測できる。
【運命】1 人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力。また、その力によってめぐってくる幸、不幸のめぐりあわせ。運。2 将来の成り行き。今後どのようになるかということ。
【運命論】世の中の出来事は、すべてあらかじめそうなるように定められていて、人間の力ではそれを変更できないとする考え方。宿命論。
誰かが俺を達人(マスター)と呼んだ。まるで未来が見えている予言者のようだと……。
運命というモノがあるならばソレは個人の性格を基盤としているのではないだろうか。俺の予測があたっていることが証拠だろう。だが、俺にだって読めないことはある。ソレは他のナニよりも知りたいこと……けれど、他の誰よりも知ることを怖れている未来。
俺はソレが俺の望んでいるモノでないことに耐えられないだろう……俺にも予測できないことはある。俺は予言者などではない……傷つくことを恐れ自分自身をだましている……予測不可能な未来を怖れ、都合のいい未来を望む【a fatalist】……ただの臆病者だ。
部室での出来事から一週間が過ぎた。
弦一郎はいつもと変わらない。アレを怪しんでいないのだから当たり前だが……あの翌日も弦一郎の態度は変わらなかった。
俺はあの日から弦一郎に触れていない、二人きりになることも極力避けている。あの時のように自分を見失ってしまったら次は抑えきる自信がないのだ。そうなったら弦一郎を傷つけてしまうかもしれない……それだけは絶対に嫌だった。
だから俺はもう弦一郎に触れたりはしない。どんなに心が弦一郎を望んだとしてもオレという理性で押さえつけてやる。俺は二度とオレ(理性)を失ったりはしない。二度と……
蓮二が俺を避けている。避けているとは言っても普通に会話は行っているし俺が頼めばテニスの相手もしてくれる。試合が終わればいつものように弱点を教えてくれたりもする……しかし、やはりいつもとは違う。なんていえばいいんだろうか……蓮二の言葉の端々に違和感を感じる。
蓮二は必要以上の会話をしなくなった。以前ならくだらない世間話などをしたものだったが、ここ数日そんな記憶もない。そっちのほうに話が流れそうになると蓮二はさっさと話を切り上げてしまうのだ。
(最近、様子がおかしいとは思っていたが……さらに酷くなった。)
以前は俺にしか分からないような微妙な変化だったが、今回は勘のいい仁王なんかはすでに気付いていて
「おまえさん参謀と喧嘩でもしちょるんか?」
と俺に聞いてきたほどだ。他のメンバーも仁王ほどではないが蓮二の態度がおかしいと感じている。
(蓮二の異変に俺が関係している事にまで気付くのは仁王ぐらいのものだろうが……)
蓮二は俺以外の部員にはいつもと同じような態度をとっているようだから。やはり原因は俺なのだろう。しかし、俺にはこれといった原因が思いつかないのだが……
(俺は知らないうちに蓮二の機嫌を損ねていたらしいな……まさか、一週間前のあのことで機嫌を損ねてしまったのか?)
そう思えば、蓮二があからさまに俺を避け始めたのもその頃からだ。
(……だが、アレは蓮二にだって非があるぞ!き、急にあんな触りかたをされたら誰だってああいう反応をするだろうが……)
思い出すとすこし顔が赤くなった。
(俺はナニを赤くなっている!!アレはデータをとるために触っていただけで別の意味などない!)
そう、それ以上の意味なんてないんだ。蓮二だってそう認めたのだから。
あの時、俺は少し変だった……だから蓮二は俺を避けているのだろうか。
………………………………
ロッカーに押さえつけられた腕が痛い。
「蓮二?」
返事は返ってこなかった。そして、蓮二は俺の頬に触れる。その瞬間にみえた蓮二の瞳は暗く、表情が読めない。その瞳を見た瞬間俺の鼓動は早くなり、不安で体が震えた。あまりにも急な出来事に俺の頭は混乱した。うるさいくらいに心臓の音が響いた体が動かない声もでない。ただ蓮二に触られた部分が熱い。
(俺はおかしいのか……)
全身の筋肉が硬くなって体を支えるのがやっとだ。蓮二の指が下へ下へとくだっていくほど俺の思考は鈍くなっていく。蓮二の指が俺の腰骨へと触れる、俺は自身の中心がアツく熱を持ち始めるのを感じた。
(なんで反応してるんだ……だ、だめだ……蓮二に気付かれたら……)
蓮二の指がへそをなぞって更に下ろうとする。これ以上さわられたら気付かれてしまう。
「……れ…んじ、蓮二。やめろ。嫌だ!」
なんとか声を絞り出す。声をだすことぐらいしか出来なかったが。蓮二は止めてくれた、そしてその手が俺から離れるとすぐに俺はロッカーへと向き直り自分の変化をごまかすために着替えを再開した。ボタンを留める時に指先を見ると白くなっているのにきづいた。
(そんなに強く握っていたのか……)
体重を支えるためにロッカーをつよく握っていたらしい。後ろから蓮二の視線を感じる。蓮二はなぜこんなことをしたのだろうか。まるで俺の体を確かめようとしているかのような触り方。そうデータをとっているかのように……
(まさか、データをとっていたのか?)
蓮二なら俺のデータをとってもおかしくはない。
(俺は淫猥(いんわい)なのだろうか)
蓮二に触られるとが嫌ではなかった。むしろ……
俺は自分自身が平常と異なることを怖れた。そんな自分を蓮二に見せたくなかった。
蓮二は怒っているのだろうか部室を出てからというもの俺たちは一言も話してはいない。蓮二にあやまらなくては……だがなんと切り出そう……悩んでいるときに蓮二が話し出した
「……弦一郎。その……急にあんなことをして、すまなかっ
俺は蓮二が俺に謝罪しようとしているのがわかった。
(あやまるのは、俺のほうなのに……)
蓮二に気を使わせてしまったのがいやだった。
「悪かったな。その……できれば、ああいうのは先に……確認をとってくれないか。おまえは…データを取りたかったのだろうが、急だと色々……その、俺にも心の準備がある……。」
なんとか俺は蓮二が納得するようにいった。本当のことはいえない。蓮二に触られて自身が反応していたことなど言えるわけがない。
蓮二もそのあと笑っていた。だから俺はその時はそれで良かったのだと思ったのだ。
………………………………
蓮二は俺の変化に気付いていたのだろうか。気付いているから俺を避けているのかもしれない。
(蓮二に嫌われていたらどうしたら良いんだ……)
あの日の感覚を俺は忘れてはいない。あの時のことを考えると体が熱くなっていくのを感じる。
(やっぱり、こんなのおかしい)
不安が胸を襲う誰かに相談したい。でも、いったい誰に相談すればいいのだろう。こんなときいつもなら蓮二が俺の変化に気付いて俺が言い出す前に相談に乗ってくれたのだが……今回はそういうわけにはいかない。
(幸村に相談してみるか……)
蓮二と俺のことを相談するなら幸村に聞くのが一番いいだろう。あいつなら俺の話しを聞いても軽蔑したりしない。
(練習が終わったら幸村のところに訪ねてみよう)
そう決心したあとは少し気が楽になった、幸村ならきっと良い解決策をくれる。
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